トップページに戻る    ■「修行の道場」土佐高知編(打ち終わりました)

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2001/10/06(土)曇り時々晴れ
仕事を金曜日の20:00に終え、20:15徳島市から四国の対角線の一番遠い位置の前回歩き止めた足摺岬の 38番金剛福寺を目指し自宅を出発。一般道をひたすら走り日付変わって02:45着。車の中で朝まで仮眠と 思ったが寝られない。それなら不眠で行くぞと03:00に歩き再開。歩き始めてまず感じたのが、不気味だ、 何か出そう、何かが付いてきている、背筋がゾッとする、の連続だ。月明かりだけで昼間でも暗いうっそうと した山道は物音ひとつせず静まり返って真っ暗だ。頼りない小型懐中電灯と自分の吐く息と足音だけが生き物の世界の ようだ。ザザッと音がしたり足元を何かが横切ると心臓が止まりそうだ。でも私は現在この世で恨まれる ような悪いことはしていない。だから背中においかぶさってくるような霊はいるはずがないと思うと 少し気が楽になる。だが待てよ、やつあたりする霊もいるかもと思うとまたゾッとする。大きな声で 南無・・、般若心経、18番カラオケするが少しましになるだけ。修行足りないと感じる。そのうち電池も 切れ真っ暗だ。だめだぁと思いながらひたすら北極星に向かって歩く。そのとき流れ星だ、即ある一つの 願い(内緒)を唱えた。冬の星座のオリオン座が見える。足摺岬から5.2KMの標識まで50分で来た。恐怖心 で歩行ピッチは相当上がっている。窪津付近の岩礁を照らすサーチライトの光線が見える。人里の明かり もちらほら見える。早起き鶏さんが「コケコッコー」と鳴くのを聞き、まだ真っ暗だがこれでもう怖いもの は出ない朝だと勝手に安心する(勇気付けられたので鶏に敬称をつけました)。車は全く通らず、貸切の 道路の中央を歩く。どうも道路の端は傾いているので足に偏った負担がかかる。途中暗い遍路道の打ち戻りは いやだと広い道を選択したら、西岸の鹿島公園の海に出た。以不利へとまた半島を横断する。回り道をして しまったが仕方ない。07:40本来の遍路道である大岐浜海岸を打ち戻りでは選択、砂に足を取られ歩きにくい。 最後に川を渡るが、先日の大雨で簡易橋が流されていたのは知っていたので浅瀬を探す。見た目浅く見えても 結構深い。波打ち際までいっても渡れる浅瀬がない。砂浜をもう帰る気はない。思いきってズボンを めくれるだけめくって靴と靴下を頭上に持ち、こけないように入る。5Mぐらいの川幅だがこけると 納経帳、デジカメ、地図、電話、着替えとすべてパーになる。慎重に川中を進む。うまく渡れたが ひざ上30センチぐらいまで濡れた。砂を落とし水を拭き整えて歩きだすと、すぐ近くの大きなホテル のような建物裏の旧遍路道で朝から早々に2人のおばさんから200円のお接待受ける。 今回から本格的遍路の格好で歩いているからかと思った(結局この本格遍路格好影響でその後実にたくさん のお接待を受ける)。9:15今日宿泊しようかなと思っていた安宿の下の加江三原分岐まで戻ってきた。 この間すれ違ったお遍路さんは3人だった。朝っぱらから宿泊お願いしますと行くのも変なので、 よしっ修行の道場最後は2日行程を1日でやるぞと39番まで行くことにする。
月明かり 標識上の夜明けの月 大岐浜打ち戻る株勝へんろ 渡る浅瀬が見つからない(向こうは流された簡易橋)
やっと竹内商店 中筋川ダムの噴水 39番延光寺山門 39番延光寺本堂と大師堂
10:05ごみほたる橋という未開通の橋のたもとで休んでいるとダンプの兄ちゃんがこれ接待やと みかんを6個くれる。のどからからだったので全て胃に納まる。北海道のオンネトーの湖みたいな 濃いブルー色の三原川と一緒に歩く。この道(県道21号線)は1時間に5台ぐらいしか車が通らない。 だから道路中央を歩く。で安心しきっておしっこをしだすと不思議なことに車が来る。 11:20三原村標識通過。紅葉はちらほらだ。12:00お昼を告げるスピーカーの音、そして移動魚販売店 の都はるみの曲が聞こえるので近いなと思ったが南北に長い村でなかなかだった。 13:35やっと最初の店の竹内商店に着く。お決まりのエネルギー補給品目を買って前のベンチで食べる。 ここまでの山道なんにもなかったので水分蒸発したのか泪の塩分が濃くしみる感じだ。思いっきり ぱくぱくと食べて歩き出したらもよおし出した。この話題多いのだから少しは加減しなくちゃと思ったが後の祭り。 幸い500メートル先の神社の横に清潔な公衆トイレがあった。慌てて駆け込もうとすると出てきた 若い兄さんがジュースお接待しますとの申し出、そのジュースの飲みすぎで駆け込んでいるのだと 説明すると、じゃ必要な時にお飲みくださいと200円いただく。すっきりするとどんどん歩ける。 16:05中筋川ダムの噴水を見ていると、選挙カーのような車が拡声器で「お遍路さん、あと1時間ちょっと です、頑張ってください」と通り過ぎていった。このころ足は未知の距離を歩いて大変重い。 最後は時速2KM以下になってよろよろになって17:50分39番延光寺着。ちょっと遠回りして60KM(85000歩)。 本堂、大師堂とお参り、納経帳朱印墨書は明日に。立派な金持ち寺だ。 門前の民宿しま屋泊。寝るときどちらを向いても楽な形が見つからないほど足がだるい。 それに夕食の刺身の塩分のせいで喉が渇く。疲れきっている状態の夜は消極的なことばかり考える。 もう歩けないので明日は帰ろうとか、置きっ放し駐車した車にイタズラされてないかとか、一人で自分勝手な 遍路旅悪いなぁとか、・・・。弱気になっているこんなときラブレターを書くと後でこっ恥ずかしいほどの 優しい名文になるんだろう。夜は楽しいこと考えて寝なければいけません。修行の道場締め日は 普段のらくを知るための足の酷使と心からの優しさの芽生えで終えました。
※徳島市内で車に割り込まれても高知ナンバーだったらにこっと笑って許せる。 暑い夏のいろんな場所での人々の笑顔や優しさ、楽しい歩きにしてくれた景色や花々、高知は良かった。ありがとう。



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2001/09/24(月)晴れ
7:05安宿出発。9:30幡陽小学校前のバス待合所で休息する。椅子が汚れており背中に汚れが移る(注意)。 足摺岬から見る遠くの大方町 民宿星空の先で旧道に入るが、10:05もよおしだす。へんろ地図にこまめなトイレ場所記載がない。男でこんなに不自由 だから女性は大変で歩き遍路躊躇するだろう。きれいな老人ホームで借りようかと思ったが敷居が高い。 その先下り道だったので力は入らないからと下ると以布利漁港に広大な敷地の休憩所とホテル並のトイレ があり助かる。もよおす話の続きだが、普段住み慣れた市街でいるといつでも用が足せるので意識しないが、 知らないへき地では意識してしまい、あるはずのところになかったりするとよけい意識してしまい限界に達する。 皆さんもそんな経験するはずですので注意してください。その漁港の先で小さい橋を渡ると遍路マーク矢印は なんと海を指していた。泳ぐのかと波うち際にいくと薄っすら道がありやがて登っていく。 それにしてもエメラルドグリーン色を七段活用したような美しい色の海が続く。遠くの対岸には向こうからも こちらを見た大方町が見える。すごい距離を歩いているんだ。風が強く海からのしぶきが霧になり雲になって 38番金剛福寺大師堂のお大師さん来ましたよ 38番金剛福寺本堂 38番金剛福寺山門 山に向かっていた。窪津漁港直販売店先を右折し急な階段に遍路道は続いている。室戸と違って高いところを 道が通っている。14:00分38番金剛福寺着。24KM(34000歩)。納経後足摺岬観光。ジョン万次郎が居る。展望台 から絶壁上の灯台やお寺など絶景。この狭い岬になんと大きな公衆トイレが3ヶ所。 一番岬寄りの売店二階でビールと焼肉単品(5切れほどの観光地価格)で食事。バス停留所前の売店二階でみぞれの かき氷と身体は何でも受け付けている。バスで中村駅、土佐黒潮鉄道で上川口駅、そして自家用車に乗り日付 変わった01:30帰宅。車サポート距離540KM。四国巡り約半分終わり金剛杖は10センチ短くなっている。
展望台よりジョン万次郎と38番金剛福寺 展望台より足摺岬




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2001/09/23(日)曇り
7:35ビッグマリン出発。松原の自然遊歩道をずっと歩くと広大な敷地にいろんな施設がある。野球場の 白浜、松原の自然遊歩道 遍路道矢印頼りますぞ 四万十川大橋から 伊豆田トンネル内距離表示 ところまで来ると渡る橋が見えてくる。11:25双海分岐、5差路で看板には右折竹島4KMとあり 確認しながら誤解し直進して、車の地元人に尋ね引き返した。直進は便数の少ない渡し利用の場合だ。 四万十川大橋を渡った堤防上で大きな声で口喧嘩している夫婦らしい遍路を見かけ、しばらく先では 掴み合いの喧嘩になっていた。 歩きで疲れ歩調が合わずちょっとしたことで気短になるのだろう。 12:55田子作うどん店満員だったので出てきた客に美味しいのかと聞くとちょうどいいあんばいの場所と 時間だからと。ごく普通のうどんだった。14:05伊豆田トンネル(1620M)。出たところで同宿、足摺岬再開 となるお遍路さんに出会う。15:45安宿着。29KM(41000歩)。 安宿夕食 安宿 この標識は安宿の前にある 多くの紀行文の作者が泊まり入浴したウグイス色のバスタブに入り、思わず頬をこすりつけパワーをいただき ました。夕食豪華で、主人は盛んに道案内をしてまわっていた。若い兄さんも気を使って接待していた。 先の大雨で食堂も10センチほど浸水したとのこと。



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2001/09/22(土)ぱれ(晴れを上回る新語とする)
午前3時45分に自宅を出発し、9:10前回区切りの37番岩本寺より歩き再開。 四国電力電柱置き場を左折し窪川町環境美化センターを通り片坂第一第二トンネル間をまたぎ細い遍路道 をさらに下る。片坂の地名どおり下るだけの坂で楽である。11:15片坂出る。 11:45ちょうどいいあんばいにある吉本酒店にて休憩。有名人も多数休息に寄っているそうだ。岩本寺の 勢力範囲は広いようで檀家とのこと。12:25佐賀温泉着、隣で月見そばを食べ13:00出発。 旧道の遍路道にある古いレンガ造りのトンネルを抜けると車の通行がほとんどないのか、農家のおばさん 二人が道に座り込んでくつろいでいたので、逆お接待でお菓子の詰め合わせをおやつに差し上げる。 14:50ホットスパーでアイス、プリン、コーヒーの3馬力を買って食べ15:10出発。 18:25民宿ビッグマリン着、丘の上の洒落た建物で隣は有名な民宿みやこだ。33KM(45000歩)。
片坂第1第2トンネル上 平年より冷え込み秋空だ 秋の交通安全運動電飾 歴史あるトンネル、左右に分けてレンガ職人に競わせた
久しぶりに佐賀町で太平洋と出会った 大方町から見る遠くの足摺岬 民宿ビッグマリン夕食 民宿ビッグマリン
明日の力になる豪華夕食をマスターの模型飛行機趣味を聞きながら食べ、風呂に入り、枕元にあった エロ本10冊ほどを読破し寝る。



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2001/09/09(日)晴れのち曇り
午前3時30分に自宅を出発し、7:40前回区切りの大阪セメント前バス停より歩き再開。 8:45新荘川橋たもと道の駅かわうその里通過、暑くなってくる。9:00角谷峠に向かって遍路マークあるが 同行ニ人地図に載ってないので国道直進する。まだ実が青いみかん畑といくつかトンネルを過ぎ 10:50焼坂峠分岐、焼坂トンネル通過の道を選択。これで今日2つ楽な道を選んだが、今日のハイライト のそえみみずへんろ道に体力を残したかったからである。換気音のやかましいトンネルを抜けると休憩所 広場があり車の露天販売所でアイスクリンを買うとたっぷり盛ってくれ、みかんも接待でいただく。 話では一日10人ぐらいはお遍路さん通るとのこと。また猛暑でよく売れたとのこと。 12:05国道のそえみみず入り口分岐よりしばらく行った登坂口手前で呼び止められお茶とお菓子の優しいお接待を いただく。そして出発時に500MLペットボトルお茶をリュックにいただく。ありがとうございます。 お話によるとそえみみず草刈奉仕団に参加されてるとのこと。山道でお名前の札を見かけた。 そえみみずへんろ道はよく整備されていて気持ちいい。期待どおりであった。 14:10そえみみず出る、37番まであと13.3キロの表示が平成遍路石に刻まれている。17時までの納経に 間に合うか微妙な時間だ。どんどんピッチを上げ推定時速6キロで歩く・・が、続かず。間に合わない となると時速3キロ以下に落とす。その17:00に道の駅あぐり着。休んでいると30才ぐらいの見知らぬ カップルからこれお接待ですとソフトクリームいただく。お話を聞くと歩いている姿を車から見かけた とのこと。須崎の方で区切り歩きで32日でまわった経験あるとのこと。お礼を述べ出発。しばらく先で 国道をそれ、トンネルを通り2つ目の信号を左折して門前町をずっと真っ直ぐ進むと行き当たる。 18:15分37番岩本寺着。33KM(51000歩)。夕暮れ時の本堂の照明になんとも雰囲気がある。雰囲気に浸って 大きな声でお経を読む。天井画が見事だ。大師堂では自動で照明が点燈した。立派な宿坊にはたくさん の団体お遍路さんが泊まっているようで賑やかだ。納経帳朱印墨書は次回に。
角谷付近のみかん畑 そえみみず登坂口近くでお接待ありがとうございます そえみみずへんろ道1 そえみみずへんろ道2
37番岩本寺山門 37番岩本寺本堂 37番岩本寺本堂天井画 37番岩本寺大師堂
窪川駅19:09発列車に乗り帰宅開始。途中高知市内のぽかぽか温泉に入りさっぱりする。夕食は同温泉で 月見そば。体重は朝より4キロ減っていた。日付が変わって1:45徳島市の自宅着。サポート車走行距離400キロ。 いやぁ疲れました。



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2001/09/02(日)雨
7:45前日区切りの岸本内科前より歩き再開。宇佐大橋を渡り、歩きだすともよおしだすいつもの癖で 大橋渡った下のきれいなトイレ立ち寄る。その先にももっときれいな休憩所があった。計20分ほどの 休憩挟んで9:10分36番青龍寺着。雨になる。逸話の残る滝を見ながら階段を登れば本堂と大師堂。 36番青龍寺山門 36番青龍寺本堂と大師堂 塚地峠を望みながら宇佐大橋を打ち戻る株勝へんろ 8/19に28番大日寺で会ったリヤカーを押した本格的お遍路さんに再開。もうとっくにもっと先へ行って いると思っていたので聞くとのんびりまわっているとのこと。5回目だそうで5ヶ月になるとのこと。 本堂で本格的なお経を聞かせていただく。聞いたことないようなお経も聞く。9:40出発、宇佐大橋へ 打戻り県道23号線の横浪三里の浦ノ内湾を眺めながら歩く。対岸と思って見えていた場所へ ぐるっと廻り込んで道が続いており進んだ気がしない。このようなリアス式海岸を延々進む。 疲れきったころに、佛坂コースと鳥坂コース分岐に13:30中平酒店があり店内はコンビニ風で弁当もあり 、買ったものを食べる立派な椅子とテーブル設置のきれいな部屋もある。店の人の愛想もよく昨日の ソフトクリーム出来事と大違い(まだ言ってる)。弁当とおでんとぶどうをまるまる食べると元気が出た。 サービスのよい中平酒店 13:55出発、バスの通っている鳥坂コースを選択。どんどん歩いて、車の恐怖を感じる狭いトンネルを 通り歩いて歩いて15:35でっかい大阪セメント前バス停にて打ち止め。26.9KM(39000歩)。 前の橋を渡って岩本寺まで33KMの表示。次回朝早く出発すれば納経締め切り時刻の17時には間に合う だろう。16:06宇佐行きバスに乗り徳島へ帰る。帰り道南国市インター近くのレストラン岡豊城に懐か しみながら入る。豪華で美味しいイメージを抱いていた。がっくり。10年ほど前は日曜日夕方は入店待ち の行列が出来ていたが、駐車場はがらがら、店内調度品や内装は当時のままだが痛みがひどい。トイレも。 質素にラーメンと炊込みご飯注文。この味ではラーメン専門店に負けるしイメージダウンになるので メニューから外すべきだと食べていると案の定インスタントスープ素を入れた小袋容器ビニール切れ端 がのどに引っかかった。昔の良い想い出消去。そういえば徳島でも有名だったレストランの高級定食に 永谷園のインスタント松茸お吸い物が出るようになった同様経験がある。その店はその後つぶれた。 レストラン岡豊城しっかりせい。今回の二日間は夏のような暑さは全くなくやはり涼しいと歩き易い。



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2001/09/01(土)曇り
午前5時15分に自宅を出発し、9:23前回区切りの33番雪蹊寺より歩き再開。遍路道沿いに水路が流れ 一段降りて洗い物ができるようになっている。風情を感じる。11:00分34番種間寺着。納経所の男女 野菜洗い場にもなる水路が続く 34番種間寺本堂と大師堂 お二人の愛想がとてもいい。納経所は寺の顔だけに良い寺だなぁと感じる。納経所前の食虫植物の うつぼかずらを見ながら昼食。11:45出発、12:40仁淀川渡りながら、右手の山に35番、左手の山が 塚地峠でその向こう側が36番かとため息とやる気が交差しながら足を進める。三嶋神社手前の水路 沿いをうろうろしていると散髪屋さんが「ここを曲がってもよいがこの先曲がるほうが分かりやすい」 と教えてくれる。35番手前は新設道路工事で遍路道が分断され分からず工事現場を通る。そして 高速道路工事現場下をくぐり少々の山道を登って14:15分35番清瀧寺着。山門天井には龍と天女の 絵がある。14:40出発、同じ遍路道を戻りやくろう橋を渡り塚地付近でちょうどいいあんばいにある ソフトクリームとたこ焼きの可愛い店が右手にあった。200円のソフトクリームと300円のたこ焼き を店横で中学生らと食べる。次々とソフトクリームを買い求める車も止まる。繁盛店だ。のどが渇いた ので店の奥さんらしき人に水をくださいとお願いすると、主人らしき人となにやら相談後、水は容器 がないのでありませんと断られた。お店使用のコップでもよいから欲しかったのだが、仕方がないと 水路が続く道で散髪屋さんに案内される 35番清瀧寺山門 35番清瀧寺本堂前広場 思いながらも投げやりな言葉に商売の基本忘れとるなと感じた。ソフトクリームが美味しかったので ホームページで紹介しようと撮った写真や説明を水の恨みは恐ろしいぞとばかり没にした。 これまで歩いて沿道のあらゆる業種のつぶれた店をたくさん見てきた。繁盛を続けるには接待の心意気 元祖あかちょうちんで食事 継続が不可欠だなと同業としても感じた。35番登り道に吊るされていた「あほになる」札を思い出した。 16:35塚地峠分岐、立派に整備された山道が続き16:58峠、暗くなりかけた下り道を急ぎ宇佐の町に出る。 古くからの漁村で魚介類を塚地峠越えで昔は運んだとのこと。塚地峠越の道は当時は国道のようなもの だったんだと当時の人の行き来を想像しながら振りかえって山を見た。17:40宇佐中心部の大きな 茶色建物の岸本内科前にて本日打ち止め。26.8KM(40000歩)。夕食は例によってはりまや橋近所帯屋町 中央公園前の元祖赤のれん(同じ名前の店が横にあるので注意)に行くと、二階から店の裕子さんが 暇そうに下を眺めているところで目が合った。いらっしゃいと勢いのよい声に誘われ二階へ上がって 行く。一階から三階まで彼女の店だ。しんまい(まぐろの子で7月8月限定)がうまい。どろめと かつおたたきを加え大ビール2杯とで彼女の経営哲学拝聴。高知市内泊。



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2001/08/26(日)雨のち曇り
高知美術館が見えると遍路道それている 午前5時35分に自宅を出発し、8:50前回区切りの30番善楽寺より歩き再開。雨だ、カッパが汗で皮膚に くっつき気持ち悪いし蒸し暑い。テレビ塔2つ建っている眼前の五台山に目指す竹林寺がある。 へんろ道保存協力会の地図にあるサンピア高知を過ぎると地図にはない高知美術館がありその先に 新しい橋ができそのずっと先の五台山はトンネル工事中だ。新旧の道が混じっているので遍路道を 忠実に歩く方は地図とにらめっこで進もう。電車道を過ぎ五台山ふもとに着くが登り口が分からない。 迷ってやっと民家の路地みたいなところにへんろマーク見つけ風情のある石段を登る。 途中車道と交差したり下ったりで不安になったところで寺の鐘が聞こえてきて進むべき方向を教えて くれた。知らぬ間に有料の牧野植物園に入り込み11:10分31番竹林寺着。風格ある庭と石段と五重の塔 が見事で、ゆっくり休める休憩所もある。開けっぴろげのご本尊と大師像がしっかり見れるのがよい。
竹林寺登り口少し上 31番竹林寺山門 31番竹林寺大師堂 31番竹林寺五重の塔 31番竹林寺本堂
11:45出発、雨上がる。山を下って堤防沿いを歩く。石土あたりの瑞山(武市半平太)旧宅前の休憩所で一休みして いると、朝善楽寺で見かけた名古屋近郊から来られた55才の小田和正似お遍路さんに声かけられる。 石土池 32番禅師峯寺山門 32番禅師峯寺本堂と大師堂 4回目の歩き遍路で、一回目は妻と一緒に贅沢に歩き120万円ぐらい費用かかったとのこと。 以後は一人で経費節約して今日は33番つや堂に泊まるとのこと。夜通含め一日で120キロ歩いたことも あるそうだ。後を付いていくと間違いやすい曲がり角などで合図を送ってくれた。蓮の花がいっぱい 咲いている石土池を過ぎ車遍路案内矢印看板の反対方向に曲がり、しばらく歩いて340メートル山道を 33番雪蹊寺本堂 渡しから望む浦戸大橋 登ると14:00分32番禅師峯寺着。山門横のなんでも願いが叶うという観音様に「ある一つの願い」を必死で祈る。 納経済ます。納経所横の冷水とお茶接待が嬉しい。14:35出発、16:15の渡しに間に合うように真っ直ぐ の道を急ぐ。15:50渡し乗り場着。小田和正似さんは15:45の渡しに乗ったようだ。25分待って車6台 ほど乗れるかわいらしいが馬力のあるフェリーの渡しに乗り4分ほどで対岸着。 あと少し歩いて16:40街中にある33番雪蹊寺着。21KM(32000歩)。 庶民の寺を感じる境内では近所の人達がそうめん流しをやっていた。小田和正似さんと一緒にそうめん いただく。ここの趣きのある本堂も建てかえるようだ。国宝級という運慶作のご本尊はガード固く見えず。 夕食は例によってはりまや橋界隈。23:00帰宅。



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2001/08/19(日)晴れ時々曇り
朝6時15分に朝食をいただき準備をして7:05に4KM先の神峰寺を目指す。あっけなく1時間10分で着く。 やはり苦しくなる難所は朝一番に通過すべしと教訓つかむ。浜吉屋で同宿だった神戸の女性が駆け寄って きて小声で「スイカ頂いた?」、はい接待で頂きました。歩き遍路だけのようです。と答えると 「私初めて、とっても美味しかった」と大きな声で興奮気味だった。下りもあっけなく、関所寺通過できない ほどの悪行はしてなかったとこだわり結論した。よかった。10:05再び浜吉屋着。 移動してきたサポートの車に乗り浜吉屋駐車場から前回歩き区切りの28番大日寺に向かう。 途中前回歩きで立ち寄ったフレッシュフード赤野店で梨とアイスを買うとスイカをおまけしてくれた。 私を覚えていてくれた。
気持ちよい広い田園の中のあぜ道 へんろ石バス停 29番国分寺山門 29番国分寺本堂 30番善楽寺本堂、17時の戸締り中
11時45分大日寺大師堂にお参り後29番に向け歩き再開。広い広い田園の中の長い長い直線あぜ道が 実に気持ちよい。台風11号の影響か心地よい風が背中を押してくれた。都会の水不足なんて嘘のように あちこちの水路には満々とそして勢いよく水が流れていた。29番の少し手前でプールのあるぶどう産直市 で紅巨峰と呼ばれるぶどうを頂いた。心地よい甘味と酸味でいくらでも食べられそうだ。遍路地図に ある1と2分の1レストランはぶどう狩り客の影響か満席で5組待ちとのことで先を急ぐ。そうそうその少し 前に「へんろ石」というバス停とへんろ饅頭屋があった。饅頭の味と形が知りたかったが荷物になるので 買わなかった。14:25に29番国分寺着。いや実に実に立派な寺だ。私の表現では金持ち寺だ。高知の寺は ひろめ市場 みな立派だ。納経所で私のバラコピー用紙は今年6月から霊場会のお達しで出来ないと断られる。 突然言われても巡礼途中の人はどうなるんだ、別の納経帳はないし、お参りした事実は間違い無く私の中では 事実だし、住職みずからの書でない代筆がほとんどだし、と心の中で叫びもういいやと諦めた。 が駄目元で、ちゃんと今までの分とこれからの分を手製の納経帳にします。市販じゃないと駄目ですかと そっと再度お願いすると、壁の向こうで見えないがお偉そうな方がオーケーの合図。落着。 次の30番善楽寺には1時間50分かかって16:45着。24KM38000歩(うち神峰寺分8KM14000歩) 平成6年までの30番が2ヶ所あった騒動の話を聞く。大日寺本堂のようにこんなところまで入っていいの かなと開放的なところと国分寺のように傷みを気にして近付けない本堂と大師堂とではお参りの意気込み も違ってしまう。区切り終わったあとは、はりまや橋から帯屋町アーケードを抜けた高知城下の屋台村 の雰囲気の「ひろめ市場」で生ビール大とハランボ(かつおのトロ部分)塩焼きとドロメ(いわしの生稚魚) と寿司で打ち上げ。うーん高知よいところ実感。



(広告)27番神峰寺ふもと浜吉屋旅館08873-8-6589


2001/08/18(土)晴れ
午前6時に自宅を出発し、前々々回7/28の関所寺27番神峰寺の登山の苦しさは本当だったのかを確かめるために 26番金剛頂寺ふもとのキラメッセ室戸より9:40歩き始める。同じ道を再び歩くわけでなんでそんなことを と思われるかも知れないが地元人のなせる技かな。 遍路宿の雰囲気を味わいたくて27番ふもとの浜吉屋に17:00チェックイン。23KM(34000歩)。 大正15年生まれのおかみさん一人での切り盛りだ。宿泊者4人で食後いろんな遍路宿変遷の話を聞いた。 ほとんどは良い遍路さんだが一握りのけしからぬ遍路さんの行為がもう遍路宿やめようかとの気持ちにさせるらしい。 若い時から年中無休で朝早くから夜遅くまで働き続けたのだろう。跡を継がないが立派な職業に就かれている 自慢の息子達の話をされていた。疲れていたが枕が違ったのでなかなか寝つかれなかった。



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2001/08/11(土)晴れ
午前2時20分に自宅を出発し、徳島市より片道160キロ先の高知市の前回の区切り場所に向かう。 途中仮眠し、はりまや橋を通過していると何やらにぎやかな音にひかれ寄り道。これがいけなかった。 初めて見るよさこい祭り。「よっちょれよっちょれよー高知の城下にきてみいやじんばもばんばも・・・」 なんとも大きいごう音、それに皮膚が振動するほどの低音、艶やかな踊り子たちの前後左右への スロースロークイッククイックの足さばき、斜め上そして下、頭上での左右の鳴子手さばき・・、見事な モーションの連続である。土佐女性踊り子の汗が噴出し紅潮顔、色っぽい。思わずにやりとし鳥肌がたつ。 素晴らしいの一言。東京ディズニーランドパレードの和製版だ。南国ムードたっぷり。8/12まで。 おかげで5時間も見物し、今日のお参り中止とする。それでも10000歩歩いている。
徳島の阿波踊りも同様に迫力と色っぽさがある。8/12-8/15まで。

はりまや橋のからくり時計 踊り1 踊り2 踊り3 踊り4 踊り5 踊り6 踊り7



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2001/08/04(土)晴れ
午前3時35分に自宅を出発し、7時丁度先週区切りの安田明神バス停より歩き再開。 7:35安芸市を彼方に望むきれいな休憩所。そこからほんの少し先に道の駅大山。バラバラ行政だ。 神木「なぎの木は残った」波切不動 富豪の象徴デザイン?の民家 安芸自転車ロード始まり 美しい海に無粋なテトラポット 8:00道路中央に木が、神木「なぎの木は残った」波切不動。昔この木の流木にしがみついて漁師が 助かったとのこと。道路改良の折、行政担当者に難が降りかかる神仏バチを恐れ行政も負けたとのことか。 各種反対運動には理屈よりバチが有効かも。8:50安芸旧市街に入ってすぐの小さい橋の下で多数の 鯉が群れていた。9:30安芸自転車ロードに入るが、自販機がないので国道と交互に歩く。 10:35赤野休憩所の水道水で気持ちよく水遊び。すごく長い海岸線の琴ヶ浜が展望できる。 28番もうすぐ 大手コンビニに負けるなフレッシュフード赤野店 美しい琴ヶ浜の長い浜辺 11:00国道側の冷房の効いたフレッシュフード赤野店内でアイス、コーヒー牛乳、アリナミンV補給。 ここの店主の話では、以前は鉄道が走っていたが赤字で廃止になり今は自転車道になっている。 それを復活せず別ルートで建設しては放置し問題になったらしい。そういえば25年ぐらい前から延々と 続く高架を放置してあった記憶がある。来年の高知国体にあわせやっと奈半利まで鉄道が開通するとのこと。 橋本知事が頑張ったらしい。11:40再び国道側のローソン、先ほどの補給で足が軽く感じたのでまた アイス、プリン、コーヒー牛乳補給。暑い、徳島市では史上4番目の暑さと帰って知る。 13:00自転車道側夜須の大きな休憩所で頭から顔を洗う。出発するとすぐ国道沿いに休憩所、 28番大日寺山門 28番大日寺本堂 28番大日寺大師堂 サポート自家用車を道端駐車 土佐に沈む夕日 また行政バラバラ感じる。延々月見山鉄道高架が日除けとなり助かる。13:50ボートピア土佐前 自販機休憩。14:20大きな旅館かとり前。14:55野市の狭い道路交差点のアイカメラ、すし花館前を 遍路マークの矢印に従って右折。野市役場前、龍馬歴史館前通過し右手山の上のお城風建物を見ながら 進む。ほんの少し山道の遍路道を味わって15:30分28番大日寺着。33KM(45000歩)体重4キロ減。
服全て汗でびしょぬれ状態が続きパンツがこすれ足の付け根と両腕脇の前がリュックでこすれ 好相性の靴 少し痛い。靴下2枚重ねで履いているadidas靴との相性は抜群で少しも痛くならない。 次回は高知市内近辺29番から36番を3日予定、その後足摺38番までを5日予定、 そして高知最後39番までを2日予定の計10日と頭の中では計算済みだが暑い現実に身体が付いていくかな。
トップページに地元の利を活かした私の歩き遍路のしかたを紹介してありますが、今日必死で歩いた 33KMを車で50分で通過し高知市一宮近くの大きな銭湯で思いっきり汗流し着替えてビールを飲み休息し て01:30帰宅。みんな高速を通るから夜の国道は貸し切り状態ですいすいの穴場だ。 33キロ歩くための本日自家用車のサポート走行距離は400キロ、この縁の下の部分の自分で自分を一人 でサポートする部分もきつい。※今日から掬水へんろ館のくしま大師も39番から歩いている。



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2001/07/28(土)曇り
午前3時に自宅を出発し、6時10分先週区切りの室戸スカイライン口より歩き再開。 ずっと旧道の遍路道を歩く。途中の7:25室戸岬漁港と室津港は大変よく似ててワープした錯覚になる。 25番津照寺山門 26番金剛頂寺山門 27番神峰寺山門 歩き始めて1時間もすると腸が活発化するのかもよおしだす。道端のおばさんにトイレ拝借を願い出る があっさり拒否される。こりゃ駄目だぁと歩いていると国道交差点にヤマザキショップ、慌てて入るが 先客2人、1人が終わり2人目のとき催促のノック、やっとの思いで目標達成。お礼の買い物して出る。 街中歩いていると家がたくさんあるのでどうにかなるさとタカをくくっていたつもりだったが、 ほんとコンビニは助かる。その少し先が25番津照寺、25分間納経し旧道歩き再開。やがて国道55号に 合流。8:25民宿うらしまを右折、しばらくすると三叉路となり直進して山道10分で8:40分 26番金剛頂寺、立派な金持ち寺だ。階段は紋入りだ。9:25出発、本堂左から立派な宿坊横を通り 遍路マークを見落とさないように行くと直角にあぜ道に入り9:55道の駅キラメッセ室戸前の国道に出る。 10:35吉良川まちなみ館で記念記帳、前の吉良川スーパーでアイスとジュース補給。徳島の脇町うだつの 頼りになる遍路マーク 26番金剛頂寺の紋入り階段 街並みに似ているが脇町のほうが立派だ。11:55羽根の三叉路分岐を入ったところで「おへんろさん」と 老夫婦に家の中から呼び止められ一円50枚2束の賽銭受ける。神峰さんに長寿の願いをすると約束する。 しばらく行くと見落としそうな遍路マークが右側に出ており直角に右折し中山峠に入って行く。 芝道もあり石畳道もあり12:45階段を降り民家前を通って国道に出る。 15:00安田町内に懐かしいラジオ体操の曲が大々的に流れる。歩きながら曲に合わせ杖を振り回し 上半身をほぐす。今日は神峰寺登り口ぐらいで打ち止めと思っていたが、羽根老夫婦の賽銭寄託を やり遂げたい思いからなんとか納経間に合うだろうと15:15登り開始、これが大変なへろへろ苦行と なった。普通は元気のいい朝のうちに神峰寺に登るものだが、ここまで36キロ歩いてきてからの登り は足はつるし、リュックは食い込むし、おまけに心不全らしきものを感じだした。 これはいかんと時計とにらめっこで休憩とるが改善しない。30センチぐらいの歩幅で 車道登るが10メートル進む度に立ち止まる。これでは納経間に合わないと覚悟し、車で登ってくる 人に納経を託そうと座り込んで待つがもう遅い時間なので来ない。これ以上もう身体が駄目だ、死ぬ 27番神峰寺の鐘 羽根の老夫婦の賽銭 27番神峰寺の大師堂 と本日の納経を諦めてカーブを曲がると駐車場が見えた。「おぉをを」ともう死んでもええとばかり に最後の坂と階段を登り山門を越えた。そうすると納経所の文字が遠くに見えた。しかも本堂に続く 階段の下だ。16:50分、生汗だらだら状態でお先に納経。27番神峰寺は印象に残った。納経所前の 四国の水と名づけらけた神峰の水を浴びるように何度も何度も何度も飲んだ。ゆっくり休憩のあと本堂と 大師堂で念入りにお経を唱えた。一緒にお経を唱えたタクシー女性4人組の一人の声は男のしゃがれた 声で迫力ある見事なものだった。何度も顔を見て女性であることを確かめた。普通の会話は女性らしい 声だった。17:50分寺を後にする。下りも楽ではない、杖を両手に持ち前に突き出して関節を痛めない ようにかばいながら日のあるうちにと急ぐ。蚊やら蜂がうるさく付きまとう。 19:05安田明神バス停。45KM(63000歩)
今日は水分を驚くほど取った。自販機は10回ぐらい。それ以上に水を飲んだ。合計10リットルは 飲んでいるだろう。大ビンビール16本の量だ。帰って体重を計ると5キロ減、ちょっと無茶をしたと 思った。昼食はせず、何も身体が受け付けなかった。ラクダみたいに普段からついている脂肪が エネルギー源となったようだ。それと渇いた喉に急に短時間でみぞれ系のかき氷を流し込みますと 喉が低温やけどしたみたいに痛くなりますのでご注意を。 出発地点まで戻るために20:25のバスを1時間半近く待った。昔遍路観光バス運転していたという 運転手と2人きりになったときいろいろ遍路話をした。バスでこれだけ時間かかるのですから、 すごく歩きましたね、疲れたでしょうとバスを私の車に横付けして降ろしてくれました。 その後3時間かけて自宅へ。次回はいよいよ高知市内へ入ります。



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2001/07/22(日)晴れ
午前2時30分に自宅を出発し、5時00分一昨日区切りの佐喜浜中学校前バス停より歩き再開。 薬王寺を後にして3日目、今日やっと24番札所まで行ける。オーシャンビューの素晴らしい景色の 連続だった。5:16佐喜浜漁港より今日もこの太陽に焼かれるのかと日の出見る。5:50ロッジおざき (前に夫婦岩が見える)40分早速休憩そして徳増、10:00青年大師前の明星で40分休憩、御蔵洞お参り、 遊歩道歩いて室戸岬先端、11:52遍路登り口より24番最御埼寺納経、そして室戸スカイラインを下り 再び13:00室戸岬先端バス待合所にて打ち止め。22KM(30000歩)
室戸岬先端でアイスクリンを少女が売っていた。200円で買い私が美味しそうに食べ遍路の話をして いると食べてる姿が宣伝になったのか続々と売れる。少女は遍路さんお接待とポンとアイスクリン 追加乗せしてくれる。またまた売れるので私の仕事にご利益をとご覧のように売り子の真似をする。 その後アイスクリンパワーで登るぞと、山門まで並足20分の山道を16分で登る。目一杯汗かく。 そして本堂大師堂とお参り後、鐘をつき立派な遍路センターと宿坊の横を通り下山。再びアイスクリン のところへ。そうしたらまた恐縮のお接待、それも2個。天気がよく山と空と海の境界がくっきり見え 南国気分。中岡慎太郎も爽やかな顔してた。
佐喜浜漁港日の出 夫婦岩 室戸岬空撮ポスター 御蔵洞の空海 絵を画いていた 中岡慎太郎像 株勝へんろのアイスクリン店 最御埼寺山門 高所恐怖室戸スカイライン(25番26番方向)

で、またパトカーの話。再開場所まで車を走らせていた午前3時20分の阿南市県道22号と24号の交差点。 私側の信号は前方赤なので停止。直後緑に変わるので発進、そのとき右方向から完全信号無視の車が 直前を横切る。1Mいや0.5Mもなかった。その車は赤色灯無灯の2人乗りパトカー。 もしぶつかっていれば私の正当性は2対1で守れただろうか。南無大師遍照金剛。



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2001/07/20(金)晴れ
朝4時35分、先週区切りの海部駅前より歩き再開。今日も札所がないので歩けなくなるまで頑張るぞと意気込む。 朝焼け 道の駅宍喰温泉 多田工業生コンの外トイレ 途中日の出の東空がきれい。 6:00道の駅宍喰温泉、6:35水床トンネル、6:50高知県に入る、7:40生見海岸、8:15東洋大師、8:50伏越ノ鼻、 9:25東洋町ゴロゴロ、10:00法海上人堂、10:30室戸市に入る、10:45禁断の水、11:10沸海庵、 11:15ジープチェロキー、11:20入木にはいりやっと自販機、12:00佐喜浜中学校前バス停にて打ち止め 30KM(39000歩)
百聞は一見にしかずで今日はデジカメ写真を多用して写真週刊誌風にいきます。それでも文が多い。 道の駅宍喰温泉は過去何度も利用しているがトイレは豪華、併設の温泉は安くて気持ちいい。テント張る ならここお勧め。隣の第3セクターホテルリビエラの温泉は同じ温泉なのに入浴料べらぼうに高い。だから 3セクお決まりの赤字経営。 古目大師ごろから腹がごろごろし、地図には載ってないが行きつけの雰囲気があってボリュームたっぷり のレストランひこうせんでトイレを借りようとするが朝早いため誰もいない。うっ漏れそう、そのとき 野根石橋 生見海岸駐車場 生見海岸サーフィン 水床トンネル横の多田工業生コンの外トイレに気づきチェーンを飛び越えて拝借。トイレと会社繁盛に合掌。 サーフィン世界大会も行われた生見海岸はボックスワゴン車のサーファーばかりだ。 生見付近道路右側歩行をしてみると運転席からは斜め前で見やすいのか、運転席側で声かけやすいのか 緑軽バンのおじさんから「乗せちゃる」とお声がけいただくが丁寧にお断りする。 相間トンネルの微妙なカーブがいいのか般若心経を大声で唱えると見事なエコーでハモった。 東洋大師の宣伝多いなぁ。お参り後、ちょっと恐そうな明徳寺の2人に挨拶。 旅館や民宿の看板提供スポンサーは清酒土佐鶴ばかりだ。土佐鶴ってどんな酒なんだろうガンバレ。 有名な野根饅頭の本家らしき店を裏道の遍路道で確認。バイパスできるまではここがにぎやかな本通り だったんだな。こんな裏通りになった町はあちこちにあるな。やがて古い石作りの橋を通って国道に出る。 東洋町ゴロゴロという嘘のような本当の地名がある。海岸に降り有名なゴロゴロ石と飛び石、跳ね石を歩く。 最初はケンケンパーみたいでこりゃ面白いと思ったが、捻挫と浮き石(跳ね石)に注意しながら、 杖が使えないなど平面道路の倍は疲れた。 山から流れ落ちてきている衛生上問題ありそうな禁断の水が歩道横にあり一度はパスしたが淀ヶ磯四里 ゴロゴロ1 ゴロゴロ2 ゴロゴロ3 ゴロゴロ4 まで一度も給水してないのがたたり、我慢できず引き返して飲む。 鳥取ナンバー濃緑ジープチェロキーが停車しカッコイイ若いカップルに生緑茶500ML接待していただく。 両手を合わせて一気飲み。 歩行長いことしているのに今日杖運び足運びが4拍子の1234トン1234トンとわかる。 日陰も風もない南向き室戸向け道路は暑い暑い。 ジュースは3本。昼食はなし(帰って自宅で食べる)。体重は一時的か3KG減っている。
歩きが終わって自家用車を置いた海部駅経由自宅までの出来事。
帰りの13時佐喜浜から14時鉦打までの間に見た杖を持った歩きへんろは全て男9人。うちペア1 組。本格的坊主衣装1人。あらまぁ走っていた人1人。若い人が多い。 帰りの甲浦行きバスで降りようとすると小銭がない。運転手困った、私も困った。甲浦駅売店おばさん も無いという。そのバスのもう一人の乗客と運良く両替できた。何度もお礼を言った。 田舎のバスや列車に乗るときは小銭の用意をしようと心得た。 甲浦から海部駅まで(8KM)の赤字第3セクター阿佐東線の列車は今風鈴列車仕立てで天井には俳句付きの風鈴 がいっぱい吊るされている。超ローカル線でよく揺れるので風もないのに鳴りまくる。 シートはすごく立派できれい。こんな清潔列車だから皆さん乗ったげてね。 切符買って乗車しているのに整理券だと思ってワンマン運転手に倍払う暑さでおおぼけ寸前だった。 証拠写真不発 阿佐東線 やっと入木の自販機 禁断の水 ここから室戸標識
そして、帰り道の本題。 牟岐から日和佐にかけての13:25から13:40の国道55号線。制限速度は60と50だ。60-81の3人乗りパトカーが 前方の一般車がよけたとたんブイブイ走り出した。赤色灯はずっと点燈しているが車内には緊張感なくドライブ といった感じだ。私はすぐ後ろをこりゃ先導車がおっていいわとばかりぴったり追尾していく。 50KM/hの道路を平均20KMオーバーで走る。時には30KMオーバーも。それが延々と続くものですから私は 早く帰れるとご満悦。もともと50や60で走れっていうのが無理なとばし易い道路ですから。 でもふとこれっていいのかなと疑問がわく。証拠にデジカメで写真を撮りたいが手の届くところになく 一時停車するが置いていかれ不発に終わる。ちょっと危ないがサンプル撮るとメーターと前方車きれいに写る。 ちなみに私の新車メータの誤差は1%未満と高速道の距離表示で確認済み。 おまわりさんみんなが見ているから気をつけてね。



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2001/07/15(日)曇り時々小雨のち晴れ
朝6時10分、先週区切りの23番薬王寺より歩き再開。今日は札所がないので歩けなくなるまで頑張るぞと意気込む。 山河内付近を黙々と歩く株勝へんろ 8:40小松大師、9:40牟岐警察署前、10:40鯖大師(30分休憩)、12:55海部駅前。 小松大師付近以外は全て国道55号線。小松大師の近所のおばさんの話では昔は皆で盛り立てにぎやかだったが 今は歩きの遍路さんが来るぐらいとか、掃除もしなくちゃと。それに比べ鯖大師は寺建物も宿坊も立派でにぎやかだ。 無料洞窟見学もあり、番外霊場でもある。牟岐警察署手前付近は飲食店が多く、ここで食事や休息すると 鯖大師 室戸は遠い 牟岐警察署併設無料接待所は無条件通過だな。覗いてみると誰もおらず開店休業状態。夜間歩行ライト反射ベルトが 持ちかえり自由の接待だった。昼間でも暗く長い日和佐トンネル入り口にも同じものが接待で置いてあった。 牟岐警察署から少し先の八坂トンネルを抜けると真っ青な太平洋が見えてくる。少し先の大砂海水浴場は南国情緒あるが 人出はまだまばら。単調な道なので国道横に100メートル毎にある距離表示マークを利用し歩幅を数える。 130歩ぐらいだから77センチか、歩幅公式の身長マイナス100はだいたい合ってる。 鯖大師前で名物饅頭のみやげを持った景気のよさそうなお遍路さんがいた。お参りもおろそかに 大きい金額の借金がどうたらこうたら言っていたが金で人の心は押さえつけられないぞと思った。徳島駅まで戻るそうだが すぐ横のJRだと1410円なのに15000円はかかるタクシーを利用するという。そり合いそうもないので深入り警戒し先を急ぐ。 今日も暑くて自販機をよく利用した。昼食はなし。次回もまだ24番が見えない海部駅前から室戸に向け歩け〃のコース。
まだ歩けるが体力温存打ち止め。28.5KM(37000歩)



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