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■「菩提の道場」伊予愛媛編(打ち終わりました)
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2002/01/20(日)晴れのち曇りのち雨
昨日と同じく土居駅近くに駐車し、08:40歩き止めた土居駅より歩き再開。
ずっと国道に沿った旧道を歩く、今日も快適だ。10:07三島の製紙工場の煙突が見える高台で120円のお接待を
おばあさんよりいただく。11:50三島市街に入ってくると道しるべ遍路石と矢印がたくさん出てくる。国道11号
バイパスに分断されたところに、遍路石を動かした説明となぜ道しるべ遍路石が多いか説明文がある。
欄干に連続貼られた矢印に従い、そのバイパスの横断歩道橋を渡り旧道に戻る。煙突を左に見ながら進む。
国道と高速道路の間にある旧道を進むが、やがて右に左にと繰り返し矢印が出てくるので見落とさないよう注意する。
高速道路下を横切ると280回歩いた大先達中務茂兵衛の道しるべ遍路石が近くにあるとの説明文がある。
浄水場を過ぎたところの発電所のあたりで12:20おばあさんより友達のところへ行き一緒に食べようかと持参して
いたゆで卵10個と未開封の伯方の味塩をお接待すると言われ恐縮していただく。歩きながら一個食べるが出来たて熱々で美味しい赤卵。
12:45これから登りとなる手前のトイレ完備の流水公園で更に4個食べたところで、昨日出会ったギター遍路(宇宙(そら))
さんと横浜市の桜井さんがやってきた。残りものだがとゆで卵を差し上げる。背負っていた20キロはあろうかと
思う荷物からギターを離し、お返しにと自作曲の「For You 母へのラブレター」と「青空号」を歌ってくれた。
歌声は静かな山々にすーと吸い込まれ思わず感動した。歌を奉納しているとのこと。リクエストで「乾杯」を歌っていただいた。
お礼に「小さな日記」を歌った。父母を亡くし、日本列島を二周し、ここ2年連続四国遍路で9周目中とのこと。
プロストリートミュージシャンと知り500円接待。桜井さんは赤の納札の裏にびっしりと小さい字で般若心経を一枚一枚
30分以上かかって直筆しニ枚と同じ物はないとのことで200枚ほど用意している中から一枚いただく。
二人は今夜ここを宿にするとのこと。別れ際宇宙さんより手のひらに念力もらい13:55出発。
車道をショートカットする山道を繰り返し、あと車道を登っていく。比較的楽に15:00分65番三角寺着。
仁王門の鐘をつく。広く美しい寺だ。本堂と大師堂で無事伊予を歩けたことを感謝する。大師堂では後から
来た50代半ばの女性がひたすら「お大師さまぁー、お大師さまぁー、お大師さまぁー」を色っぽい声で
繰り返すのみで、女一人誰にも頼らず精一杯生きてきて甘えたい気持ちをお大師さまにぶつけているのだろうと
勝手に想像した。15:30出発。16:45椿堂まであと3キロの位置のちょっと迷う三叉路のところにある「ゆらぎ休憩所」
で雨支度。横には清潔で美しい水洗トイレがある。トイレがあると本当の休憩所と思える。
車の遍路さんが止まり椿堂への道はこれで良いか聞かれ、17時まで5分しかないが間に合うか心配していた。
17:35番外14番椿堂常福寺着。24.2KM(40000歩)。真っ暗の中読経するが納経所閉まっている。これにて伊予の国終わりと
なる。伊予遍路道はよく整備され、また昔の雰囲気が数多く残っていた。お金持ちの県とも感じた。
伊予ありがとう、愛媛サンキュー、良かった楽しかった。


日曜日のバスは一日ニ便でもうないので仕方なく椿堂入り口の傘立てに書いてあったタクシー会社に電話するが
善通寺のタクシー会社につながる。当然遠すぎて来てもらえない。なぜ遠く離れたここに宣伝として置かれている
か不思議だ。国道沿いの商店で近くのタクシー会社を教えてもらい三島駅南口(2660円)に着き18:59の西条行き
に乗り土居駅下車(210円)。自家用車で帰宅開始、途中ガストでてんぷら定食を食べる。和食にはお茶が付きものだが
お茶はないとのこと。水も運ばれていないので水もないのかと思ったら会計時にセルフであるのを見つけ立ち飲み。
あっさりした店だ。21:40自宅着。車サポート距離286KM。体重2.5KG減。
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2002/01/19(土)晴れ
05:35自宅出発しいつものルートを走る。08:36土居駅近くに駐車し、西条行き電車に乗り(540円)、
09:28松山行き乗り換え伊予小松駅着(210円)。土居駅構内では翌日再会するギター遍路と挨拶する。
09:55前回歩き止めた62番宝寿寺出発。10:15分四国霊場唯一毘沙門天さんの63番吉祥寺着。10:35出発し
国道を横切り旧道に入る。ここから新居浜まで続く旧道が雰囲気よく長い道のりを楽しませてくれる。
11:00私の遍路姿を見て懐かしい思いがしたと、昔何回もまわったという病院通い途中の80歳のおばあさんが
100円お接待してくれる。11:15分7回まわったという71歳のむね子さんから120円のお接待をいただき、
若いとき亡くなった主人が徳島出身ということで話が弾み15分ほど立ち話をする。11:37分64番前神寺着。
ひょうきんそうな顔をした大師像が本堂に続く道右側に立っておられる。大きな金持ち寺だ。

本堂前で先ほどのむね子さんと再会する。用事を済ませどうしても私のことが気になるので寺まで来たとのこと。
昼ご飯をお接待すると自宅に招かれる。むね子さんがまわったとき受けたお接待のお返しをしなくちゃとの
思いからだそうでありがたくいただく。私も数々のお接待のお返しを結願後にしなくちゃと思う。
嫁いだ娘さん二人の話などいろいろする。話の中ではっとする会話があった。「もし、仮に、例えば、・・・ならば」
といつもの癖で言う私に、むね子さんは「もう一人の自分を仮定していることは贅沢であり欲ですよ」「現実の自分
を考えなさい」と答えた。わたしは恥ずかしくなった。もしを10回言えば10人の私が居る訳だ、そりゃ贅沢で欲張りだ。
14:25見送られて清々しく出発。国道に出てすぐ金毘羅街道と呼ばれる旧道にまた入る。
17:30日曜日というのに寂しそうなアーケード商店街を通過。国道沿いの店に負けないように頑張ってほしい。
ギターの彼氏が頭に浮かび一句考える、「カラオケでドレミを忘れソラシレド」「遍路道夕焼け空を雲包む」。
夜になりオーロラのように雲が光る。後で分かったがホテルの客寄せサーチライトであった。
20:45番外12番札所延命寺着。暗い中拝み、そして前の見事な松と巨大松の根を懐中電灯で見る。
21:10土居駅前着。33KM(53000歩)。車で移動し新居浜駅前マルニ泊、近所の新装開店焼肉店で体力維持。
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2002/01/01(火)曇りのち雨
新年おめでとうございます。昨夜はどこか遠くのお寺の鐘を聞きながら紅白を見ることなく寝てしまいました。
0時前に寝てしまっていたのは子供の頃以来です。8:05出発。8:45石鎚橋。R11号線を渡り9:10横峰寺まで8.9KM
標識前にて雲の合間より遅い初日の出を拝む。9:40コーラ自販機大量在庫会社前。10:30湯波橋渡った平和の水。
10:50ヘアピンカーブのトイレのある四国の道休憩所。20分休憩。ここより車道と分かれ山道となる。
12:20分60番横峰寺着。きつい登りの連続だった。境内は薄っすらと雪化粧。マウンテンバイク数人と炭焼きさん
がいた。ふもとの寺を先に打ち逆打ち山道を登って来てまた同じ山道をひき返すとのこと。冬場は更に難所寺
となるだけに元日と言えども淋しい。納経所でしょうがゆと日本酒一合瓶の接待いただく。13:20出発。

15:00おもいっきりこける、痛い、ズボンもジャンパーも泥まみれ。後半は急な下りくねくね坂の連続だ。
15:30車道に出る。高速道路の下をくぐり、鮮やかな青色の池の横を通り、神社を抜けると前に体育館のような
建物がありぐるっとまわって16:05分61番香園寺着。大きい金持ち寺だ。左側の階段を2階に上がり靴を脱いで中に入ると
本尊さまと大師さまが舞台の上にいまして、その前には椅子席が多数並んでいます。ここは劇場だとの声も聞こえました。
安産、子宝縁あり寺です。駐車場にあるトイレはこれまでの寺では一番でしょう。16:50分62番宝寿寺着。コンパクトな
寺だ。同じように巡礼者は巡って潤っているはずなのに、先ほどの寺の後だとどうしてこんなに差があるのだろうと思って
しまう。28KM(41000歩)。カツ丼うどんセットを帰宅途中食べ21:00自宅着。車サポート距離454KM。
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2001/12/31(月)晴れ
今治駅構内パン屋のモーニング(パン食べ放題でコーヒーとミニサラダ付き400円)を食べ
8:50南光坊出発。ずっと真っ直ぐ歩いて9:30分56番泰山寺着。コンパクトなお寺で工事中の青いシートが目立つ。
泰山寺の先からあぜ道など自然味ある道となる。途中の川の中の旧へんろ道は渇水状態でなかったので渡れず。
10:30分57番栄福寺着。トイレ汚いぞ。足が不自由だった人がこの寺で突然歩けるようになり、乗って参って来た
箱車を本堂の横に放置(奉納)してある。下半身お護りの寺。11:00鶏舎横通過し犬塚池から山道となる。
15分ほどで再び車道に出る。しまなみ海道の橋や今治市内が絶景。やがて山門に着き車道と分かれて山道へ。
手すりのついた山道と階段が続ききついが良い雰囲気だ。11:45分58番仙遊寺着。立派な新築の宿坊があり
歩きも泊れるとのことで昨日は4人だったとか。標高300メートル地点なので夜景が綺麗だろう。納経所は本堂の中。
12:15五郎兵衛坂。「仙遊寺の太鼓がうるさく魚が逃げ漁ができないと五郎兵衛漁師が太鼓を破って仏様を罵倒した
帰り道にこの急坂でころんでその後死んだそうだ」急な下りが続く。



13:15国道横切って進んでいると、疲れ目とはいえ「オチデン」看板を「オチンチ」と見誤ったのは私だけだろうか^^
すみません。13:55分59番国分寺着。若い奥さんらしき人へ、寺の印象は納経所で決まりますよ。
門前の有名なタオル屋五九楽館でインターネットの話がはずんだので私の名前入りハンカチ接待していただく。
15:35R196より分岐し丁度電車が通過する踏み切りを渡る。この後何度か踏み切りを渡る。16:15臼井水。
眼前の西日本最高峰石鎚山に向かって歩く。その手前の山が難所の横峰山だろう。JR三芳駅のある交差点で車の
家族連れから饅頭接待いただく。遍路マークの隣にある近道「栄家旅館」案内手作り看板に従って17:50着。
親戚の古い家に泊りにいったような旅館だ。31KM(46000歩)。
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2001/12/30(日)曇りのち晴れ
昨夜は嵐だった。8:25出発。強風が背中をぐんぐん押してくれる。8:35軽トラのおじさんよりみかん接待いただく。
9:40遍照院前通過、ちゅうやんはここで野宿すると言っていたが昨夜の嵐は大変だっただろう。横にはコンビニある。
菊間町の国道沿いは瓦製造工場が建ち並ぶ。ちょっと変わった瓦屋さんの軒先を借りて記念写真。
10:40太陽石油先峠の2件目の果物屋さんのおじさんから甘酒の接待いただく。10:50歩道に小魚が横たわっているので
触れてみると生きている。なんでこんなところにいるのか不明だが横の川に逃がしてやると元気に泳いでいった。
九死に一生を得ただろうから立派な大魚になれと願う^^。

来島ドック付近でふとアイデアが。88番を打つときは
「スキップ&オクラホマミキサー&水前寺清子の三歩進んで二歩下がる」足取りで仁王門前アプローチしようかなんて
考える。不謹慎なようだがこんなうきうきしたことを考えるのも、この歩きで実にたくさんの自分探しと発見が出来ているからだ。
タイトルを「自分探しの歩き遍路道」とまたまた変えようかとも思う。自分なりの悟り全ては結願後に縁あれば披露するとして、
ちょっとだけ語りますと、「他人に説教していることは自分に説教していると思え」「人のふり見て我がふり直せ」
「現場体験経た説得力ある言葉を探して聞け」「派手に生きるか地味に生きるか潤いに生きるか」「あほになる」
「無」てなところです。札所と札所の間が修行の場であり札所は通過確認場所ということでしょう。
13:25分54番延命寺着。正月準備をしていた。14:30遠くに今治市内のタワー型ホテルが見える大きな市営墓地に
たくさんの人が墓掃除に来ており、そこでおばさんより200円の接待をいただく。15:00分55番南光坊着。金ぴか山門だ。
寺の鐘はご近所の苦情によりつけないとのこと。本堂と大師堂の間を道路が通っている。納経所には有名人の色紙があった。
22KM(35000歩)。コスモオサム泊。
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2001/12/29(土)曇り時々雨
7:30石手寺より歩き再開。道後温泉前アーケードを過ぎたあたりで「ちゅうやん」似の大学3年通し打ち野宿遍路に出会う。
以前やってたアルバイトの裏話など聞きながら前を歩いていただき私は後を付いていくだけでナビ付きは楽だと感じた。
しかし振り返ってみるとこの部分の景色の記憶が薄い。自分でしっかり地図を見て歩かないと記憶に残らないようだ。
何処かの川沿いで自転車のおばさんにみかんをいただく。ちゅうやんが持ってくれる。10:35分52番太山寺着。
山門から本堂まで距離がある広い寺だ。ここでもう一人の通し歩き遍路の「炭焼き」さん28才とも出会う。彼は炭焼きの
仕事をしていたが辞めて自分探しの歩きをしているとのこと。徳島から足を痛めてびっこ状態で歩いており杖も20センチほど擦り減り、
しかも2本目だという。確かに杖に寄りかかるように歩いている。12:05分53番円明寺着。コンパクトな寺だ。6畳間の部屋にいる
みたいであまり動かないで全て済む感じだ。前の寺が広かっただけに余計思う。13:05誘って「きときと寿司」で昼食。
金のない野宿のちゅうやん分をおごる。

左手に瀬戸内海を見ながらせっせと歩くがやがて隊列が乱れる。16:35少し迷って鎌大師着。
手束妙絹さんに会える。周りのみなさんが立派な建物にしてくれたとのこと。有名になってからの忙しさは歳とってからは少々お身体に
こたえるようだ。歩き遍路さんがよく訪れるのを不思議がっていた。15回まわった納経帳を見せていただく。姿勢正しく柔和なお顔の
中のきりっとした目が印象的だった(91才)。鎌大師を出るといよかんやレモン畑のある少々の山登りとなり、途中その農家の方から
お接待でいただく。17:40コスタブランカ泊。立派な生夕食と朝食付き4500円は格安。炭焼きの彼氏も同宿となる。29KM(歩数未計測)。
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2001/12/16(日)晴れ
8:10三坂峠より歩き再開。国道脇から遍路山道へと入って行く。急坂と予備知識あったがそれほどでもなく、
道幅広く歩き易い。どんどん高度を下げると細い舗装道となり、9:35左側を流れていた御坂川を渡る小さな
桜橋通過。9:45網掛石大師堂。石にはくっきりと網に似た模様がある。10:35「この木なんの木、気になる木・・」
ミニ版前を通過し400メートル先が有名な「長珍屋」、掃除していた従業員さんに「ちょうちんや」と読む
のですよねと変な確認をした。その向かい側が10:45分46番浄瑠璃寺。本堂前の病に効くという石ベンチに座り、冗談で
「便秘よ治れ、痔よ治れ」と唱えると笑われた。すみません。11:20分47番八坂寺着。一ヶ月に一度という
エンマさまご開帳日で、嘘つきませんと祈る。八坂食堂見つからず先へ進む。12:40県道23号線と交差する
サークルKで美味しいあんまんとコーヒーで下ってきた三坂峠を眺めながらエネルギー補給休憩。
13:15分48番西林寺着。風格ある寺で十一面観音本尊はガラス張りの向こうにしっかり見えます。納経所は新築だ。
14:40分49番浄土寺着。国道11号線を横切り、伊予鉄を横切り着いた。本尊見えます。私の手製納経帳を
「これは納経帳ですか」と尋ねられ納経ためらわれるが、きっぱり「そうです」と夫人を説き伏せる。
15:30分50番繁多寺着。立派な家もたくさんある閑静な住宅街を通り松山市街を望める高台にある。本尊見えます。
境内は広々して新しいお寺だ。本日は天気もよく楽しい道中修行となるが、短時間にたくさんのお寺を巡ると
記憶が混乱する。山門横池脇を歩いていると団体遍路バスとすれ違う。歩道が全くないような道を危険を感じながら歩き
16:35分51番石手寺着。その団体バスもやってきて賑やかになった。先達さんに付き添われ、私も一緒にお経を唱え
させてもらった。全員一緒に唱えると迫力ある。納経を終えると17:00だった。ここは歩き遍路の場合は17時に
こだわらないとの噂だが真偽は不明。20.4KM(37000歩)。次回歩きはここから。




帰宅モードに入る。めちゃ混んでいる松山市内をバスでJR松山駅、そして三坂峠まで戻る。
19:20定刻より34分遅れで車を駐車した区切りスタート地点の三坂峠着。夜景が綺麗だ。
自家用車で下り始めてすぐに19:25カーブで道路脇をひょこひょこ歩いて下っている人影が。あっ危ないと思わず避ける。
黒色の服なので全く目立ず危険だと思った。そこでまた「ハッ」とした。
秋元海十さんではないかなと。
この人は11月10日に1番札所をスタートしたピースウォークの俳優さんだ。徳島新聞や四国放送やNHKニュース
にも出ていた。私はおっやるなと毎日彼のホームページを見ている。最初はさすが芸能人だ、派手な出発風景だな
とか、どこまで頑張るのだろうとか、お付きのスタッフが同伴しているのではと思った。
車を安全なところで停め待っていると、「こんちは」と声が先にかかる。「秋元海十さんでしょ」と返事すると
驚いていた。秋元さんの遍路日記は毎日読んでますよと、歩き遍路どうし夜景を見ながら話が弾む。二人で記念写真を撮る。
本来の遍路山道が夜で危険なので車道を下っているとのこと。
大晦日に関係者が多数待つ1番に戻る予定だが遅れているのでナイトウォークしているとのこと。頑張ってほしい。
がっちり握手して別れた。うどん茶屋北斗砥部店の過大なウインドウ見本にひかれ、見本よりずっと小さいへれかつ定食を食べる。
23:00自宅着。車サポート距離523KM。体重2.5KG減。
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2001/12/15(土)曇り
いつものように徳島から前回歩き止めた45番岩屋寺に着き8:20より歩き再開し県道12号線を久万町内向けに
進む。標高500Mの高原地帯に今冬初の寒波襲来で寒い。薄っすらと雪が積もり、所々凍り付いている。
峠御堂トンネルを抜け、お久万大師堂、11:15伊予鉄バス久万営業所を右折、国道33号線沿いのレスト&民宿
「でんこ」でうどん付きうな丼定食の昼食とする。13:05出発、15:10三坂峠着。駐車場奥から松山市街が
一望でき絶景だ。また売店横のトイレ裏には子規の歌碑がある。18.8KM(27000歩)。明日は三坂峠から歩き
再開だ。三坂峠は下にトンネル工事が進められており、完成すれば遍路だけしか通らない淋しい峠となるだろう。
峠の道路沿い売店で干し柿を買い(お遍路ということでおばさん100円値引してくれ、みかんもいただく)、車を
好意で預かっていただいている伊予鉄バス久万営業所職員へのお礼とする。

車(自家用車)で道後温泉本館に移動し、一番高い「霊の湯、坊ちゃんの間と同じ三階個室休憩、浴衣とお茶と
ぼっちゃん団子付き」1280円チョイス。広い二階霊の湯は誰もおらず貸切で贅沢にお湯につかった。
一階神の湯よりも澄切っていて熱かった。道後ビジネスホテル泊。
※トイレ情報(喫茶コンビニ以外)。古岩屋荘横のバス停、河合休憩所、伊予鉄バス久万営業所、レストパーク明神、
レストパーク明神と三坂峠の中間、三坂峠(店が開いている間のみ)とあります。
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2001/12/02(日)晴れ
朝5:15自宅を出発し国道192号線、国道11号線、川内町で県道23号線、国道33号線と一般道を走る。
10:05分44番大宝寺大師堂より歩き再開。大宝寺前の道路を登っていくとすぐ左折し山道となる。
11:10一山越えて河合休憩所(トイレあり)。12:30二つめ山越えて八丁坂休憩所(トイレあり)、
45番まで2.6KMの表示。これより三つ目の山越えに入る。この三つ目は急坂だ。13:00八丁坂峠茶屋跡、
槙ノ谷からの合流場所でもある。尾根づたいで楽に歩けるようになり、途中柏峠の「馬の背」に
似た両方切り立った尾根道が3ヶ所ある。道には紅葉で落下した落ち葉が5センチぐらいの厚さで
積もっていて完全に秋は終わっている。下りに入り、やがてあきらかに周りの杉より太い杉の巨木が
4本現れ、岩の下の不動さんがこちらをにらむ「逼(せり)割行場」に着き拝む。下の方から鐘が聞こえる。
少し下ると岩の割れ目のこの行場に入るため納経所でカギを借り登ってきたという60歳過ぎの夫婦遍路に会う。
14:20立派な歩き遍路用仁王門の45番岩屋寺着。9.1KM(16000歩)。大師堂、本堂と
参り、階段一つ下の真っ暗な洞窟にも参る。そしてまた階段一つ下の納経所で若い女性に納経してもらう。
ふと横を見ると身を浄める手洗い場だ。歩いて山を越えてくると逆になってしまう。
下から登ってくる遍路に便利なようになっている。一息ついてあらためて眺めてみると大きな
岩の山の下に押しつぶされそうに寺の建物がめり込むように埋もれるようにある。これまでの寺とは全く
違った風景だ。期待どおり強烈に印象に残った。今回はここで歩き止め打ち止めなので次回はここ
からとなる。14:59の久万行きバスに乗るため参道の坂を走るように下る。途中石仏群が脇にあり手を
合わす。更に下ると車参拝遍路のための仁王門があるがちょっと貧弱な造りだ。
そして土産物露店が並び、声を掛けられるがバスがと言うと一日三便しかないバスの時間をみんな
知ってて早くっとの声に変わる。ゆっくり見たいが残念である。駐車場を過ぎ橋を渡ると岩屋寺口
バス停留所。セーフ、定刻2分遅れでバスは来た。それにしても納経所から長い下りだった。車遍路にとっても
難所と思われる。バスは20分で車を止めた大宝寺駐車場近くに戻った(510円)。


修行が終われば普段の私の性格が出る^^。車で道後温泉本館に向かう。3種類ある入浴料金のうち二階で
休憩できる浴衣とお茶と菓子付きの神の湯入浴にする(石鹸シャンプー備え付けなし620円)。
あと入浴だけ(320円)、三階で休憩でき貴い方も利用したという湯に入れる(千いくらかだった)とある。
熱い湯にたっぷりつかり重要文化財の二階休憩所で気持ち良く過ごしたあと、道後温泉本館斜め前に
ある、魚屋が経営するという「おいでん家(か)」で海鮮丼(900円うまい)、かきフライ、豚角煮、
ポテトフライと思いつくまま食べる。
土産の一六タルトを商店街で買おうと向かいどうしであるどちらの店にしようかと迷い、
ひなびた店にしようとしたところ、綺麗な店のほうから綺麗に着飾った店員に声掛けられついつい
買ってしまった。後で向かいのおばさん店員と目が合い悪いなと思った。
商売上手とは幾つかの条件が必要と自分も商売人なので悟った。18:40もっと居たいがまた来るので
帰宅モードに入る。一般道を西条まで来たところで、信号によく引っかかるのでふと高速に乗る。
早い速い、さすが時間を金で買う日本の高速道路。瀬戸内の綺麗な夜景を横に見ながら時速100KM
オーバー走行(3400円)、21:45徳島道終点(始点)近くの自宅着。車サポート距離442KM。
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2001/11/24(土)パレ
6:15内子駅前から歩き再開。昨日と同じ様に霧だ、吐く息が白く寒くて手が冷たい。内子小学生の
標語が並ぶ国道379号線を行く。「走らない、ぼくも急には止まれない」、横をぶんぶんと車は
飛ばして走る。今度は遍路札だ。「心を洗い心をみがく遍路道」、絶対一人歩きしないと分からない
ことだ、一人歩きがよい、一人でよかったんだときっと分かる。7:55長岡トンネル先のお遍路無料宿
前通過。8:20建築会社横坂の下の「ぶた子」ちゃん前通過。8:50大瀬町中通過、遍路宿大瀬の館も
左奥にある。9:50柿の産地だ、無人販売100円でどっさり入っている。さすが産直、市価の1/3だ。
5月から始めた遍路で巡り会ったいろんな果物の産直が思い出される。やまもも、びわ、すもも、もも、
すいか、なし、ぶどう、みかん・・。車なら絶対買うのだが歩きには荷物となるので買えない。
そんなこと考えていたら前からうば車に柿を乗せてきたおばあさんが1個くれた。
9:54一ヶ月ぶりの電話が鳴る。出なかったが嬉しくなり足取り軽くなる。
10:25突合分岐。10:45本日たいへん天気がよくスカッと晴れている(パレ)。山と空との境がはっきり
見え、空の色は真夏に歩いた室戸と同じだ。快適だ。普段はちっとも意識しないが普通にこうやって
歩けることはありがたい。11:25少し暑くなってきたのでジャンパーを脱ぐ。11:40落合大師堂、平成
13年10月吉日竣工のぴかぴかだ。12:00落合トンネルを抜け右折、県道42号線に入り久万へ。

この道は三原村に抜けた道と同じように貸切状態だ。13:05神社の前の中田商店で峠で飲もうと
ジュース買う。13:30その県道より左分岐上畦々(かみうねうね)へ。13:45未舗装山道に入る。
同行二人遍路地図5版ではずっと未舗装が続くようになっているが10分歩くと舗装道に出て久万町
境の看板がありずっと舗装道だ。14:20軽トラックの私の父ほどのおじさんが横に止まり、車内から
助手席側ドアを開け「乗ってけ、乗ってけ、乗ってけ」と再三お接待される。断っても断っても
「乗ってけ」と言われる。ありがたく断り終えたが非常に悪いことをしたと思った。
14:45再び未舗装のひわた峠(1.0KM)山道へ入る。峠まで残り500M付近から木製の丸太階段を
外してある。すり足状態で登っているので段差の分足を上げるのが辛いので当然かなと思う。
だんじり(じたんだ)岩を過ぎ15:05ひわだ峠着。漢字では難しい字を書く。お大師様が通られた
ときには前日までずっと雨で、この峠では久しぶりに日和(ひより)になったので「ひより峠」と
呼んだのがなまったそうだ。標高は800Mだが500M付近から登っているので300Mの山越えって感じだ。
400M歩いた下にはきちんとしたトイレがある。下って久万町内、遍路マーク見つからず少し迷って
16:30分44番大宝寺着。35KM(56000歩)。午後5時前で納経所込んでいて忙しかったのか、住職の
奥さんらしき人に200円のつり銭をひょいと投げて置かれた。投げてよいのは賽銭箱にだけだよと
心の中で注意。それともひとつ、ここのトイレ今までの寺の中で一番古いのはよいが不清潔。
歩いた距離は全行程の2/3近くになるが、やっと半分のお寺を打ち終えた。
国道33号線まで戻り、松山まで1日3便しかない最終の18:10伊予鉄バスに乗る(JR四国バスもある)。
19:30終点(1300円)、ぼっちゃん電車で有名な路面電車(均一料金150円)でJR松山駅へ19:50着。
内子行き普通列車は少し前に出てしまっていた。田舎では普通より特急が多く仕方なく20:25発に
乗る(運賃740円特急料金510円)。特急とはいえ普通運賃で乗れる大阪京都間の快速並のスピード。
20:50内子駅着。車に乗り帰宅途中に豚太郎でにんにく入りのみそラーメンとギョーザを食べ(20分)、
日付変わって1:50自宅着。車サポート距離467KM。
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2001/11/23(金)パレ
仕事を終え深夜0:20徳島市自宅を出発。4:05伊予市入り口で大きな事故が起きていた。
気をつけて運転しなければ。4:50内子着、車にて内子町内探索。ヘッドライトに照らされた
八日市護国町並みと内子座は素晴らしい。6:20内子駅無料駐車場駐車。7:00八幡浜行き乗車(440円)
7:55着、8:35宇和島行き乗車(260円)9:05卯之町駅着。9:15前回歩き止めた宇和島自動車宇和営業所前出発。
霧だ。国道に平行した遍路道の洒落た町並みを歩く。約1時間旧道を歩きその後国道に出たり入ったり
を繰り返す。10:40サーと霧が晴れていき真っ青な空と景色が広がる様は壮観だ。

良い天気になってきたのでジャンパーを脱ぐ。11:50鳥坂峠登り口の番所から登り始め12:15峠着。
道幅広くよく整備された山道だ。12:35旧国道に出てずっと歩く。13:10札掛大師堂。すぐ下で国道56号
と合流。下って下って国道441号を大洲市街へと入る。14:30大洲神社、臥龍山荘入り口の遍路矢印に
従って行くと赤レンガ館、おはなはん通り、うろうろしていると河原に出てしまったが、渡る肱川
(ひじかわ)橋が見える。15:00内子まで12KM表示看板のある手前ローソンでエネルギー補給。
15:55十夜ヶ橋(番外8番永徳寺)着。早く訪ねたいと思っていた場所だ。橋の上では杖をついては
ならないいわれ地だ。「行き悩む浮世の人を渡さずば一夜も十夜の橋と思ほゆ」(空海)、宿を断られ
橋の下での寒い一夜は十夜にも感じたという。で、橋の下で寝ているかも知れないお大師様の
安眠妨害とならないよう杖の音をさせないことになった。広義で困った人は助けてあげましょう(私)。
今や国道56号の橋の上に更に高速道の橋が架り二重橋となって騒がしくてとても寝られない。
目的達したのでうふふと嬉しくなりその後の足取り軽くなる。夜になった山道を懐中電灯で
照らしながら18:05内子駅着。34KM(49000歩)。
内子駅に着くすこし手前の公営の宿「ハイプラザうちこ」に行き入浴(トロン温泉、シャンプーと
ボディーソープ付き300円)。
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2001/11/18(日)晴れ
6:25出発。6:30歩き出してすぐ同年代ぐらいの女性からおにぎりとおでんの接待を受けその場で全て
いただく。この日記のタイトルを「土日徒歩遍路旅」にしようかなんて考える。9:20お稲荷さんと
同居の41番龍光寺着。門前でみかん売りのおじさんがみかん売りそっちのけで歩き遍路の私を見て
知り合いのおぼしめし宿を紹介してくれる。本堂前で、しまった、納札がない。
仕方なく手帳の紙で手製納札を作り納経を済ます。納経所はうわさより感じよい。ドライヤーはなく
自然乾燥がいちばんと言われた。9:45出発。トイレ前で遍路マーク見落とし階段下へ戻ってしまう。
先ほどのおじさんにみかん接待いただく。100メートル先を曲がってねと言われ曲がり進んで交差点に
出るが遍路マークがない。5分ほどうろうろし向こうにお寺が見えるので200メートルほど行ったところで
後ろから軽四のおじさんが仏木寺は山沿いの道だと教えてくれた。90度方角が違っていた。
右折する新しい広い道が正解だった。しばらく行くと遍路道と合流した。寺境内の帰り遍路マーク注意。
仏木寺前のコスモス散歩道を歩いていた70歳ぐらいの女性「斉藤」さんと立ち話。
主人を10年ほど前に亡くしたが、そのときはこんなに悲しく淋しくさせるのだから先に死んだ
ほうが得だと泣いて暮らし、その後お四国をバスで回り10年経った今ではやはり長生きした者が
得ねとのこと。名前を告げるとそこの旧遍路道沿いですからと今度来たときは寄ってくださいと言われ別れる。
旧遍路道よりも新しい道をみんながよく通るようになると宮崎建樹さんは遍路道にしているようだ。
仏木寺手前100メートルの民家から呼び止められる。83歳の高田ナツ子さんにコーヒー接待。
そして私の手のひらに5円玉をのせナツ子さんの顔を摩り付ける。更に杖を全身に擦り付けて
いる。お大師さまのご利益をいただいているのだそうだ。私はここまでのご利益を全部取らず
残しといてと心の中で思った。更にナツ子さんは窓を開けてご利益いただくので仏木寺の鐘を
大きな音でついてとも頼まれた。
11:10分42番仏木寺着。41番が地味寺だけに金持ち寺に見える。境内のもみじの紅葉が見事で
多くのアマカメラマンもいた。大師堂のお大師像ちっちゃい。その5円を鐘下に賽銭しお参りの人が
振り向くほどの大きな音で鳴らした。11:45出発。600メートル先を左折し
工事中の池の横を通り歯長峠道に入って行く。12:25車道に出る。12:35階段を上り再び山道に入る。
しばらくすると鎖のついた急な傾斜が200メートル続き息切れする。13:05四国電力鉄塔前峠着、
これから下り坂。足を挫かないないように慎重に下り14:00車道に出る。42番で出会った73歳男性
はずっと車道を歩いてきて私とほぼ同じ時間だ。15:50分43番明石寺着。歴史を感じさせる風格ある
建物だ。ご本尊千手観音像もお大師像も扉が閉まって残念ながら見られなかった。
16:15出発。遍路マークは納経所横から山道を登るようになっている。すこしばかりの山を越える
と由緒ありそうな町並みが横にあり、真っ直ぐ進むと国道56号線に出る。16:40宇和島自動車宇和営業所
前にて打ち止め。25.2KM(42000歩)。次回はここからとなる。
17:22(13分遅れ)の宇和島行きバスに乗る。バスの中から食事場所をチェックする。しょうもない
ことを考える。バスは昔車掌が乗っていたが今はワンマン当たり前。鉄道も土佐黒潮鉄道や阿佐海岸
鉄道もワンマンあり。ということは旅客機もそのうちワンマン出てくるかなと。バスは宇和島市街
へ。1時間100円駐車場当たり前で徳島市内の1/3だ。17:55宇和島バスセンター着(470円)。
国金のおじさん依頼で隣の郵便局に移動していた自家用車で帰宅開始。
見つけておいた56号沿いのめちゃ繁盛している豚太郎ラーメンでみそラーメンと餃子を食べ、6時間
連続運転で来た道の打ち戻りで一般道を徳島市へ帰る。後日早くこの道を歩くのが楽しみだ。
日付変わって0:20自宅着。62KM歩くのに588KMの自動車サポート距離。
遍路で出会った人から「どちらから来ましたか」と聞かれ「徳島」からですと答えるのが
近すぎてすこし恥ずかしい。「東京からです」とか「横浜からです」と答えられたらかっこうよいな
と思ってしまう。風呂で全身をこまめに洗いながらしし座流星雨を見るぞと思いながらぽかぽか体は
ぐっすり寝ていた。体重3KG減。
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2001/11/17(土)晴れ
金曜日仕事を終え22:10徳島市自宅を出発。今回から松山廻りとなるが距離はある。松山までの
国道11号線は深夜とはいえ快適でさすが番号の若い国道はよく整備されている。登りか下って
いるのか夜なのでよく分からない真っ直ぐの道が延々と続く。松山までは3時間20分で到着した。
高速では市内まで2時間20分かかった記憶があるので急がない者には高速料金5千円弱のメリットは少ない。
この間いろいろな事を考えながら走った。その一つが18年愛用したグランドピアノの売却。
実は愛用ピアノを売るのは2度目だ。理由は2度とも自営業資金繰り。今回もこの不況で正月が
来ないと、愛用者の一人である小3の長女に小さな声で了承をもらって決断した。決して邪魔に
なったとか不要になったとか飽きたという理由ではないので淋しさはある。前回はまた景気が
よくなれば買えるさと泣く泣く別れ、その後景気持ち直し運良く現ピアノを買った。
次あったとしても中古で安価な電子ピアノがよいところだろう。もっと大切なものを守るためだ。
芸術家と文化人廃業だが仕方ない。それにしてもヤマハのグランドピアノは値打ちを保つなと感心する。
またテレビでCMを見る度いつか電話するだろうと予感していたタケモトも良心的に高価で引き取った。
雨も降ってないのにフロントガラスが曇る中、車駐車目的地の宇和島バスセンター横の国金駐車場に
着く。6:35朝一番の宿毛行きバスに乗り途中学生で満車になり賑やかな会話の中7:50前回歩き止めた
40番観自在寺到着し大師堂にお参り後8:00出発。
八百坂を過ぎ9:45海だ、宇和海だ、室手海岸だ、彼方にかすかに九州が見える。
10:20よく注意してないと見落とす柏峠入り口右折が派手な建物手前交差点にある。水の枯れた
川床石組みの川沿いを歩いていくとやがてよく整備された山道に入っていく。11:25柳水大師、
板で囲った簡易トイレがある。11:45峠(460M)か?、また同じトイレがドアが壊れてあった。山道幅は
広く明るく女性も怖くないだろう。ゴメン木戸、女兵、狸ばかしおって、トッポ話、・・・由来ある
場所が多数説明あり楽しい山道だ。12:00ここだけしか見えない宇和海が眼下に広がる。この季節
へびやうっとうしい虫も見かけず快適だ。「馬の背」でまたがってタイマー写真試みるが不発。
13:00銃を持ったいのしし猟師に出会う。前を降りているお遍路さんを見て逃げたのを追っかけて
きたそうだ。13:40国道に出る。また通ってみたい山道だ。
14:15金*橋のところでおばあさんより100円接待受ける。14:20ベテランそうな野宿逆打ち前歯が
ところどころ抜けた50代遍路とすれ違い世間話をする。津島町はつばきの木がたくさんありつぼみ
も大きくなっているのでもうすぐ美しい遍路道になりそうだ。15:20津島町サンクス自転車置き場
ポールに腰掛けマロンプリン、チョコパン、オロナミンCの3馬力を買い食い。昔なら親に怒られた。
16:25松尾トンネル(1700M)通過25分かかる。16:55私と同年代ぐらいの女性からたくさんのみかん接待を
リュックに入れ、喉が渇いたときに全ていただいた。暗くなってきたので徳島日和佐トンネル
と牟岐署前接待の反射ベルトを着ける。18:30宇和島バスセンター横の国金駐車場着。37KM(57000歩)。
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2001/10/07(日)晴れ
昨夜の泊まり客は2人。その13回目のおじさんと一緒に朝食。39番納経後7:20出発。
遍路道沿線の民家の優しい方が育てたいろんな花が咲いて心なごましてくれます。私も遍路道で
知ったかわいい模型のような花「ランタナ」を買い求め駐車場の片隅に植えました。
日本(四国)はフルカラーの美しい国だと思います。すこし悲しいですが、遍路道にはこの夏精一杯
生きた夏の生物の朽ち果てた姿もあります。夏よさようなら。南無大師遍照金剛。
9:10宿毛警察署のところを斜め右へ入って行く。宿毛駅の付近だが新しい道で同行ニ人地図に
記載がない。うろうろしてとりあえず山の方向へ行く。県道7号線を歩いていると、こちらから
聞くでもないのに4人の方から次々と声がかかり松尾峠への道順を教えてくれる。
「松尾峠は、ほら山の上の白い四角い反射板が見えるだろ、あの下を通っている」と。
地元の人が松尾峠を誇り愛しているのが感じられる。迷う遍路も多いのだろう。
10:25松尾坂番所跡、登り始めるとしばらくは軽四のわだちの跡があり少々がっかり。ところが
これも消えたころから、大昔300人も一日に越えた山道を思わす雰囲気になってきた。峠まで
900メートルの標識を過ぎてからは急坂の連続で国越えという感じがする。11:15松尾大師再建中
の峠着。あと1ヶ月で(跡)というのが地図から消えるだろう。伊予の国入りだ。下りは緩やかで
よく整備されている。ここまでいろんな峠を越えてきたが私には3本指に入る名峠越えだ。
下って民家の前を通っていると、車でマクド帰りなのかマックシェィクを持った小さい男の子2人の
母親に休憩しませんかとお声がけいただく。冷たい麦茶2杯いただく(ほんとはそのマックシェイクがほしいとは
口が裂けても言えない)。旦那さんは釣り好きなんですねと言うと、きょとんと何で知っているのと
不思議そうな顔していたので、玄関に立派な鯛と一緒の写真が飾ってあると教えると、「そう
なんです、子供置いてパパは今日も釣り」とのこと。また、お嫁に来てから一度も松尾峠に登ったこと
ないとか。何気ない会話だが印象に残った若ママだ。
12:45一本松バス停のある交差点の井上南天堂食料品店でエネルギー補給。店主の話では国道が速いよと
教えるとそっちを行く遍路も多いとのことだが、車感覚ではそう思うのだろうと逆らって遍路道を行く。
同行ニ人地図の倉田酒店が前にある。記載場所違っているようだ。
また長い上り坂が続き、14:10登りきったところでお接待。庭に木の長椅子を出し、麦茶とお菓子といもをいただく。
徳島から来ましたと納札を渡す。16:00分街中の40番観自在寺着。30KM(44000歩)。境内はたくさんの人で賑やかだ。
本堂は鉄筋コンクリート造りで本堂内で3人が納経事務していた。私は左の住職らしい年老いた方に
していただいた。「歩きですね」と一言だけいただいた。
さあて、当初の2泊3日予定を1泊2日でクリア。帰宅処理に入る。17:08近所の御荘(みしょう)バス停から宿毛駅行きに乗り
40分で着(790円)、18:28土佐黒潮鉄道中村行きに乗り30分で着(610円)、19:10ラッキーなことに10分ほどの
待ち合わせで(本日最終便)足摺岬行きに乗り1時間30分後の20:40着(1930円)。強行2日間の歩き行程を3時間半ほどの
時間と3330円の費用で帰って来た。この便利さを弘法大師が知ったら卒倒するだろう。新車は無事ジョン万次郎の後ろで
岬の強風に吹かれていた。ひたすら徳島市に向かって一般道を走る。休日中日の深夜ということでがらすきだ。
退屈なのでくねくね山道の運転練習する。カーブの曲がり方上達した。高速道路ではこんな練習できない。
日付変わって03:05自宅着。車サポート距離646KM。燃費は15KM/リットル、4500円ほどで往復できるので経済的だ。
足摺岬から車で6時間半ほど。ちなみに新幹線が通っていれば1時間20分ほど、ジェット機だと25分ほど、人工衛星だと
40秒ほど。お大師様、足はどうしてこんなに遅いのですか。でも歩くの大好きですので菩提の道場もよろしく
お願いいたします。
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